中央大学法学部
合格おめでとう!
高1~高3の夏ごろまで通ってくれた生徒さん、その後、大学受験予備校に通って、見事合格。
まあ、才能めっちゃありましたし、国語力と英語力は神的で、勉強しないっぷりも神的で、自分の好きなことしかしない、君が電車に乗ってまで2年間通ってくれたことに、まず感謝です。
そして、私が過去に企画したイベントに参加してくれていたメンバーだった、という不思議すぎる縁もあり、コロナの中でも基礎の積み重ねと、日々の勉強のアドバイスをし続けてきた、というかほぼ腐れ縁…(笑)
受験と言えば勉強、受験と言えば塾、「自由」の2文字からは遠い遠い場所に、降り立った、
ただただ「自由」な民が、大人たちの心配をよそに、そこそこに努力して名門に合格するという物語。
数学も、決してできないわけじゃない
むしろ、いいセンスしてる。でも、中学時代からの苦手感で、数学の世界に面白みは感じてくれるが、それを練習してできるところまでは、なかなかいかない。まあ、オリンピックの短距離選手が、マラソンの練習はしない、っていうような?^^?
でも、たぶん数学や自然科学に目覚めるときがくるだろうな。必要に迫られてなのか、単に知りたくてなのかはわからないけど。君のような人に、学校教育を通じて数学の魅力を伝えるには、高1はちょっと遅かったのかもしれない。せめて中2か中3の頃に出会えたならば!
でもまあ、過去より未来です。医学かな、物理かな、どんな世界だろう、君をいずれ惹きつけるのは。
英語力も、実践と智の探求あるのみ
単語もそれなりにがんばってくれましたが、まあ、ね、、単語ひたすら覚えるのは向いてない。なぜなら、単語があんまりわかんなくても、文章に書いてあること、筆者の言いたいことが伝わって来ちゃうから。
胸に感じる交響曲を聞いて、楽譜を調べるか? 言葉知らぬ酒場で意気投合した人との会話に辞書を持ち込むか? ってことなんですよね。文章も同じで、流れとリズム、相手が語ってる顔が浮かんで来れば、なんとなく伝わる。
そうそう、文法の並べ替え問題もね。並べ替えなくても、並んだ単語で言いたいことは9割伝わる。なのに、順番間違えただけで「間違い」とする日本の英語教育が、そもそも間違いだってね。
「学ぶ」とは「自由」であること
そう、本来は学問は「自由の民」の暇つぶしとして生まれ、受け継がれたもの。
小学生は知らないことが多く「自由」に感じないだろうけど、体も心も100%自由であるはずの君たちが、中学、高校へと進むごとに、学びすなわち「自由」だと感じるのが本来の姿。
点数や偏差値、毎日勉強しない事へのプレッシャーは一切感じずに、ただただ、「自由」になるための学びを追求する姿勢には感銘をうけました。
ただ、誰も君の真似できないことが、、、ね、、さてどうするか?
スポーツも受験もゲームも、一定のルールがある以上、それを通過するためのテクニックと効率性が追求されていく。
「自由」であることよりも、試行錯誤の末に発見された最適解を、見出された才能ある人が、最適な環境とコストで追求すると勝つ、という世界に堕ちてしまう。
この、「言われたとおりにやれば、うまくいく」っちゅう受験の世界に、君のような「自由な民」が一人でも多く生まれるには、
さて、どうしたらいいですかね。