難しいことをわかりやすく教えるのが、進学塾・学習塾の役割だとするなら、
「難しい言葉」は使わないほうが、役割を果たしていることになります。
ただ、
思考と言葉は、ほぼイコールと言ってもいいくらいに相関関係があります。
言葉がなければ思考は成り立ちません。
つまり、難しい言葉を使わなければ、難しい思考はできないということになります。
(ここは、話し出せば議論は尽きません。「でもさぁ、◯◯ってこともあるじゃん!」という話。私ももちろん、様々なやり方とアプローチを持っています。それは別の記事で。)
たとえば、中3の数学で
「対称式」「基本対称式」という言葉を使って説明するかしないか、という場面です。
これらの言葉は、学校ではほぼ間違いなく教わることがないはずです。塾でも、難関入試を目指すクラス以外では触れないことが多いのではないでしょうか。
数学の先生の中でも「そんな言葉使わないほうが、中学生にはわかりやすいに決まってる!」という意見が大半ではないかと思います。
でも、
数学以外の他の科目を教えた経験が増すほど、
つまり「言葉というものが持つ力」を知るほどに、授業中にこれらの言葉を使って、「わかりやすさ」よりも「深さ」を優先したくなってしまうのです。
言葉が理解できない
→授業がわからない
→先生が易しい言葉を使う
→授業はわかるが言語の広がりは失われる
→言葉が理解できない
という無限ループの中で、どんどん未来の可能性を狭めている 生徒は多くいると思います。
まあ、それでも「対称式」は使うか迷う言葉ではありますが。